2018年5月21日

長命寺・・ 西国三十三所第三十一番札所・・滋賀県近江八幡市長命寺町157

滋賀県近江八幡市を訪ねています

西国三十三所第三十一番札所、長命寺です
山号は姨綺耶山、天台宗系単立。聖徳太子の開基と伝えると・・・
事前の調べで、麓、湖岸からの石段の参道はなんと、808段・・・しかし、本堂下には「P」があると!

勿論?「α君」で、林道を走り、「P」へと、参ります

「P」から、さらに、この傾斜、石段が続きます

やっと、たどり着きましたけど、見上げれば、さらに石段が・・・

手水舎

もう少しです・・・どうです! この傾斜角!! 本堂です


写真上の急な石段を上がり、右手の上段に建つ・・・重要文化財・・長命寺三重塔

三重塔は元応二年(1320)に竣功の式が執り行われ、佐々木時信がこれを祝して馬一疋を奉加した
永正十三年(1516)の焼失後、天正十七年(1589)から慶長二年(1597)にかけて再建されたことが、昭和三十九年(1964)の解体修理により判明している
三間三重塔姿、柿葺で、各重とも高欄付の縁を廻し(初重四隅のみ擬宝珠付)外部は総丹塗りである
高さ24.35メートルで、県内に現存する三重塔七基の内、二番目の高さを誇る


平成25年度に行われた、葺替工事・・・修理現場から文化財の魅力を伝えると・・・


三重塔、左手には・・・重要文化財、護摩堂
重要文化財 長命寺護摩堂

護摩堂は本尊不動明王、古来、天下泰平諸願成就を護摩祈祷する道場であり、慶長十一年(1606)に三重塔に続いて再建されたことが、露盤に銘打たれている。
桁行三間、梁間三間の宝形造、檜皮葺、丹塗の建築である
三間四方の正面中央には桟唐戸、正面左右には連子窓で、側面中央は板戸、側面前方は連子窓で、他は板壁という簡素な造りである


三重塔前より、本堂をみる・・・多くの参拝者です




県指定有形文化財 長命寺三仏堂


三仏堂は元歴元年(1184)佐々木秀義の菩提を弔うため、その子定綱が造立したと伝え、釈迦・弥陀・薬師の三尊を祀る。
この仏堂は永生十三年(1516)の焼失後に再建されており、渡廊下で結ばれた護法権現社拝殿と同時期の永禄頃の 建立とみられる
桁行五間、梁間四間の入母屋造、檜皮葺で、側廻りは円柱に舟肘木をのせた簡単な造りである。軒は二軒疎垂木で、背面では一軒としている
内陣廻りは、寛政五年(1793)に改造を受けているが、その他にも当初の部材 が良く残り、県下でも数少ない持仏堂形式の貴重な遺構である


護法権現社・・拝殿、本殿 

             護法権現社、由緒

聖徳皇太子當寺御草創ノ時 武内大臣ノ霊ヲ御勧請シ佛法護持者ト封ジテ永ク護法神トシ給フテヨリ毎歳二月一日古例ノ法儀ヲ行ウ


本殿・・・本殿は一間社流造で江戸時代後期の永禄八年(1565年)頃の建立と推定される
長命寺の草創説話にかかわる武内宿禰を祀る

見事な彫刻ですね・・


             左脇障子

             右脇障子


             重要文化財 長命寺鐘楼


鐘楼は慶長十三年(1608)に再建されたことが、上棟用木槌に墨書されている
入母屋造、檜皮葺で、一見したところ普通の袴腰付の鐘楼だが、柱の配置が少し違っており、下層は二間二間であるが 上層は南北面二間、東面二間、西面のみ三間である。これは撞木をつる関係で、三間にしたと考えられ、興味ある方法である
一重、二重ともに三手先組物を備える本格的な建築で、概ね和様を貴重としているが、妻飾や懸魚の形は 禅宗様を取り入れている
内部の梵鐘は鎌倉時代に遡る古鐘で、県指定有形文化財となっている


・・・県指定有形文化財、梵鐘・・・鎌倉時代に遡る古鐘・・・


三重塔の裏手に・・修多羅岩が・・


鐘楼前より、 護法権現社、三仏堂、本堂、三重塔を眺む
・・・重要文化財の建築物が立ち並ぶ姿・・・実に、美しい光景ですね・・・

重要文化財 長命寺本堂

本堂は永正十三年(1516)の焼失後、大永二年(1522)から大永四年(1524)にかけて再建されたことが勧進帳に記されており 寺内で最古の建築である
桁行七県、梁間六間(正面20.41m、側面20.50m)、一重、入母屋造、檜皮葺の大建築で、当初は、正面の全て、東面から 一間、西面の正面から三間を吹き放しとし、扉や壁面を造っていなかった。外陣内部は柱が並び、荘厳である
奥の内陣には須弥壇が築かれ、真ん中に再建当初からの厨子があり、千手観音立像を中心に左側に聖観音立像、右側に十一面観音立像(全て重要文化財)が安置されている
本堂は、中世の和様仏堂の好典型としても貴重な遺構であり、無駄な装飾を用いない、格調の高い建築である





多くの方が参拝されています・・・
・・・麓の「P」には、観光バスが3台もいましたね!・・・



さぁ、下山します・・・「P」の場所より、下りの石段を・・
・・・恐らくここから700段は、ゆうにあるでしょうね・・・
この「P」には、タクシーが勢揃いしています
麓まで、観光バスで来て、タクシーに乗り換えて、この「P」まで来るようです

西国三十三所第三十一番札所、長命寺・・重要文化財の建造物が立ち並ぶ伽藍・・・
参拝できて、よかったです

帰途、ふと見た信号の先に温度計・・・お!・・31度 夏や!

今回、初めて新名神を通り、帰りましたが、勿論、新SA、宝塚北SAで休憩です
・・宝塚にある「花のみち」周辺の南欧風景観をイメージした施設らしい・・
上下線集約型らしい・・・広いし、設備はなかなかよさそうです・・・


安土城跡、日牟禮八幡宮、八幡堀、長命寺・・・近江八幡市、なかなか、よき街でした
しかし、歩き、石段を上がりました・・・足は恐らく、数日は使いものにならないかも?




2018年5月20日

近江八幡市、八幡堀界隈を散策します・・・滋賀県近江八幡市大杉町

近江八幡市を訪ねています

近江八幡市の観光見所は、八幡堀ですね・・・
まずは、昼食タイムです・・・
・・・かわらミュージアム内にある、喫茶店、瓦停の「近江牛カレー」をいただきます!

かわらミュージアム・・・地域産業である「かわら」を視点として商都近江八幡をとらえようと当館は、建物全体が瓦の魅力を随所に生かした建築である。八幡堀からの建物全体の景観は特に素晴らしい・・と!

・・・近江八幡市周辺、八幡瓦・・300年以前からのいぶし瓦産地と・・知りませんでした・・・


その喫茶店、瓦停の窓から、八幡堀が見えます
この下で、水路巡りの船はUターンすると、お店の方が教えてくれました
・・・窓越しにパチリです・・・

Uターンして、水路をユックリ、進んでいます・・・しかし、水路の水、濁っていますね!


喫茶店を出て、水路沿いの石畳を散策します
・・・おおぉ・・・なかなかな風情ですね・・・



上写真、奥の橋、その橋は白雲橋・・そのたもとを、上がると・・・白雲館
・・・唐破風向拝付、和洋折衷の外観ですね・・・

白雲館(旧八幡東学校) 登録有形文化財
明治10年(1877)に八幡東学校として建築された。学校として使用された後は
役場、郡役所m信用金庫を経て平成六年に建築当時の姿に復元されました


観光案内所もあります

・・・豊臣秀次 二十八歳の生涯・・・
秀次公は廃都となった安土や近郷の住民を八幡山下町に集め八幡城築城と同時に町の形態を作り上げました。しかし、文禄四年(1595)高野山青厳寺(現金剛峯寺)柳の間にて自害させられました
・・・一部引用・・・

八幡山ロープウエイ

お世話になりましたね・・・近江兄弟社 メンターム

新町通り

重要伝統的建造物群保存地区

近江商人の発祥地・・・
商家や白壁の土蔵群は、江戸時代中期から明治時代に全国的に活躍した近江商人のを偲ばせます


西川庄六商店 創業1585年

国の重要文化的景観第一号 八幡堀入口

             奥に見える橋、明治橋・・・よく、時代劇の撮影があるようです


桜並木、石畳・・・桜の時期、手こぎ和船で八幡堀を巡りも、いいかもしれませんね


近江八幡 マンフォール

近江八幡市に関して知っていたこと・・・
近江商人、安土城跡、赤コンニャク・・ぐらいだったのです
地域産業である「かわら」・・・知りませんでした
国の重要文化的景観第一号 八幡堀 ・・・知りませんでした
重要伝統的建造物群保存地区 ・・・知りませんでした

ということで、八幡堀界隈を散策し、風情のあるよき町であることをを知りました
また、訪れたい町の一つとなりました